今年もお世話になりました

1月にはあんなに分厚かった日めくりカレンダーが、残り4枚になってしまいました。

来年は元号が変わり、○○元年となるのですね。昭和生まれの私は、3つの元号を生きることになります。何だか一気に歳をとったような気分です。

 

当診療所は、来年開院15年目を迎えます。思い返すと、山も谷もありましたが、多くの方に支えていただき、何とか続けて来ることが出来ました。

辛いことも、苦しいことも、人間として、また専門職として成長するためには、大切な経験だと思っています。

 

毎年、この時期になると、今年出会った方やお別れした方を思い浮かべます。

 

今年の11月には、往診に行った施設で、嬉しい出会いがありました。

院長が、患者さんの往診を終って振り向くと、後ろに数年前に亡くなった患者さんの娘さんが立っていて、「お久しぶりです」と、声を掛けられたそうです。

その方は、何年も自宅でお父様の介護をし続け、お父様を看取った時は、ご自身も60歳を過ぎていましたが、家でぼんやりしていても仕方がないと思い、介護士の資格を取ったのだそうです。そして、2年前からその施設で働いているとのことでした。娘さんは、診療に同行したスタッフに、「あら、あなたまだいたの?」と声を掛けたそうで、スタッフは、「相変わらずお元気そうです」と笑っていました。ストレートな物言いは健在のようですが、カラットした面倒見の良い方なので、みなさんから慕われているだろうなと思いながら、懐かしく温かい気持ちになりました。

 

在宅で何年もご家族を介護している人の中には、経験により専門職を上回るスキルや知識を身に着けている方がいます。ご家族を看取った後、あのスキルを生かせる場があると良いのにと、ずっと思っていました。何より、ご自身の経験から、介護する人の気持や、介護される人の気持がよく分かっているため、心を添わせる介護ができると思うのです。

大変な仕事を選び、人のために働く決断をした彼女の心意気に、心からエールを送ります。介護の現場でお会いするのが楽しみです。

 

 

年末にあたり、今年亡くなった方々のご冥福をお祈りいたします。

介護をなさったご家族の皆様、本当にお疲れ様でした。

 

現在在宅で療養中の皆様、入院中の皆様は、どうぞお大事になさってください。

ご家族の皆様もくれぐれもご自愛ください。

 

今年もお世話になりました。

みなさま、お健やかに佳い歳をお迎えくださいませ。

 

 

杉並区荻窪を中心に優しく丁寧な訪問診療を提供

近喰診療所
(〒167-0052 東京都杉並区南荻窪4-35-20-301)

社会福祉士
相談員 近喰真由子

【お問い合わせは以下より】

TEL: 03-3333-4771 FAX: 03-5336-7855

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「初めて」が2つの日

今回は、ちょっと格調高く、イギリスの詩人ワーズワースの話から始めます。と言っても、学生時代に学んだカビ臭い知識を、老化した頭の片隅から引っ張り出すので、正確ではないかもしれません。

ともあれ、ワーズワースは、「人はこども時代はイノセント(無垢)で自然と一体であるが、成長するとエクスペリエンス(経験)を経て、イノセンスは失われてしまう。しかし、その代り、哲学的思考を得るのだ」というようなことを言っていた人です。無垢というのは、汚れのないまっさらな状態です。幼い頃は、この世での経験が少なく、何もかもが初めてという新鮮な毎日です。

つまり、おとなになるということは、「初めて」のことが少なくなっていくことなのだと思います。だから毎日を退屈に感じたり、「今日はどんな日だった?」と聞かれても、「別に」とか、「いつもと同じ」などという答えが返って来るようになってしまうのです。

だからと言って、ワーズワースが言うように、哲学的思考を得ているかどうかは個人差があるでしょう。

 

ところで、おとなになっても、「初めて」のことに出会うと、こどもの頃のように無性に誰かに話したくなったりしませんか?

前置きが長くなりましたが、私は、先日「初めて」を一日に2回も経験し、ちょっとワクワクしたので、早速お話したいと思います。

 

ある日の夕方、犬の散歩をしていた時のことです。

学校帰りの小学校高学年くらいの外国人の少年が、3人で袋入りのスナック菓子を食べながら通りがかりました。その中の背の高い少年が、スナック菓子の袋を私に差し出して、「すみません。ぼくたち漢字が読めないので、この中に卵と豚肉が入っていないか見てくれませんか?」と言いました。(卵と豚肉を食べてはいけないということかしら。でも既に食べていたみたいだけど...)と思いながら、表示を見ると、中ほどに「ベーコン風味エキス」と書かれていました。「ベーコン風味って、ベーコンなのか、ベーコンじゃないのか...」とブツブツ言いながら悩んでいると、「それは何ですか?」と聞くので、「ベーコンは豚肉から作るのだけれど、ベーコン風味だから豚肉じゃないのかな」と答えながら尚も見て行くと、一番最後のカッコ書きの中に(豚肉を含む)と書いてありました。そこで、「卵は入っていないけど、豚肉は入っているみたい」と言うと、少年は、「そうですか。どうもありがとう」と言って、ちょっとがっかりしたような、でもやっぱりなと言うような顔をしました。少年たちは、浅黒い肌で彫の深い顔立ちをしているので、「ネパールの人?」と聞くと、「そうです」と答えました。そこで、「ネパール語で犬は何て言うの?」と尋ねると、「ククル」と教えてくれましたが、私の発音が悪いのか、3回くらい言い直されてしまいました。

実は、阿佐ヶ谷や荻窪にはネパール人が多く住んでいて、ネパール人学校もあり、スクールバスが走っています。街の中やバスなどでも多くのネパール人を見掛けますが、話をしたのはその日が初めてでした。何より日本語がとても上手で、驚きました。

でも、あの子たち、豚肉を食べても良かったのかしら。

 

その後、暗くなり始めた頃、川のほとりの道を歩いていると、少し先の公園の芝生の真ん中で、トレーナーとズボン姿の中年の女性が、空を見上げて立っているのが見えました。「あんなところで、一体何をしているんだろう」と思いながら、そばを通り掛かると、その女性が上を見上げたまま、突然「ほら見て、人工衛星よ」と言いました。それが、私に向けられた言葉なのかどうかを考える暇もなく、私も思わず空を見上げました。すると、小さな銀色のビーズのようなものが、ピカッ、ピカッと光りながら移動しているのが見えました。私が思わず、「へえ、あれが人工衛星なんだ」とつぶやくと、彼女は「すごいわねえ。1000キロも離れているのよ」と、また誰にともなく言いました。その間、顔はずっと空に向けたままでした。

そういえば、テレビで人工衛星が日本上空を通過する時間をインターネットで調べることが出来ると言っていたのを思い出し、家に帰って早速調べると、丁度その時間に日本上空を通過していたことが判りました。

見た目はどこにでもいそうな、普通のおばさんだったけど、彼女は一体何者なんだろうと思いながら、私に「初めて」の経験をくれた見知らぬ女性との出会いに感謝しました。

 

人との出会いは不思議ですね。

毎日の散歩の途中にも新しい出会いがあり、この歳になってもまだ、初めての経験ができるのです。他の人は、自分にとって「初めて」の宝庫です。

 

私は、この日以来、ネパール人と話をしたことがあり、人工衛星を見たことのあるおばさんになりました。

 

 

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自分の死に方について考えたことがありますか?

「終活」という言葉が生まれ、自分の持ち物を整理・処分したり、葬儀やお墓について自分の希望を書き記したりする人が増えているようです。でも、人生には段階があります。みんなが、ある日急にぽっくり死ぬわけではありません。多くの人がなるべく患わず、人に迷惑を掛けずに死にたいと願っていますが、歳をとると、殆んどの方が怪我をしたり病気になったりします。

平均寿命を過ぎ、人生が残り少なくなった頃、いわゆる人生の最終段階で、どんな医療やケアを受けたいかということについて、考えたり、家族で話し合ったりしたことはありますか?

ここで、「もちろんあります」と答える方は、少ないと思います。そもそもどんな病気になるか分からないし、その時受けられる医療・ケアにどんなものがあるのか想像もつかないという方が大多数ではないでしょうか。

一昔前なら、「すべて先生にお任せします」と、病院の医師に一任してしまう方もいました。でも、今は、本人や家族が医療やケア、死に場所に至るまで様々な選択を迫られます。突然具合が悪くなって、救急搬送された場合などは、余り考える時間もないまま、命に関る選択をしなければならないこともあるのです。本人に意識がない場合、人工呼吸器を装着するかしないか、家族で意見が分かれることもあり、家族は重い選択を迫られます。そんな時、普段から本人が「延命はしないでくれ」とか、逆に「どんな手段を使っても生きていたい」などと意志表明をしていれば、家族も本人の意向に沿った選択ができるのです。

そのための方法として、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)が推奨されています。

ACPとは、元気なうちに、前もって医療やケアについての計画を立てるという意味です。でも、将来の様々な不測の事態を想定して、1人で計画を立てるのは困難です。そこで、医療や介護の専門家を交えて話し合いが行われます。ここで大切なのは、話し合うプロセス(過程)と、本人による意志決定です。話し合いは何度も行い、一度決定したことを変更するのも自由です。あくまでも、本人の意志に沿った医療やケアを目指すのが目的だからです。また、ACPは、機械的に何かを選択するのではなく、本人の生や死に対する考え方、家族への思い、最期はどこで誰と過ごしたいかなどを含めた上で、終末期の医療・ケアについて考えるものです。

現在、約6割の方が、人生の最終段階における医療やケアについて家族と全く話し合ったことがないと回答しています。

しかし、命の危険が迫った状態になると、約7割の方が医療やケアなどを自分で決めたり、望みを人に伝えたりすることができなくなると言われています。

ですから、いざと言うとき自分が望む医療やケアを受けるためには、前もって話し合い、家族や周囲の人達と考えを共有しておくことが必要なのです。

ACPで使用される質問票の中には、末期ガンと宣告された場合、重い心臓病が進行して悪化した場合、認知症が進行した場合を想定して、どこで医療・ケアを受けたいか、どこで最期を迎えたいか、また考えられる医療処置について受けたいか、受けたくないかなどを選択する項目があります。

各々の病気についての知識がないと、選択するのは難しいかもしれませんが、医師や看護師、ケアマネージャーや介護士など、経験豊富な専門家の話を参考にしながら、想像力を働かせて考えてみませんか?

「まだ元気なのに、死について考えるなんて縁起でもない」とおっしゃるあなた。「立つ鳥跡を濁さず」という教えもある通り、自分の望みを周囲に伝えておくことは、大切な家族や友人などに命に関る選択を丸投げしないための、「愛」でもあるのです。

質問票の中には、こんな質問もあります。

試しにちょっと考えてみてください。

 

問:どこで最期を迎えたいかを考える際に、重要だと思うことはなんですか。(複数回答可)

  1. 信頼できる医師、看護師、介護職員などにみてもらうこと
  2. 自分がなじみのある場所にいること
  3. 家族等との十分な時間を過ごせること
  4. 自分らしくいられること
  5. 人間としての尊厳を保てること
  6. 体や心の苦痛なく過ごせること
  7. 不安がないこと
  8. 家族等の負担にならないこと
  9. 可能な限り長生きすること
  10. 積極的な医療を続けられるこ
  11. 経済的な負担が少ないこと
  12. どんなことでも相談できる窓口があること
  13. その他(                     )

いかがでしょうか?

複数選んだ方は、さらに、その中のどれが自分にとって1番大切かを選んでみてください。ご自身が選んだ内容を見れば、逆に「自分はこんな最期を迎えたいと思っているのだな」と思い知らされることもあるかもしれません。

 

来年の2月13日には、専門職の方向けにACPの勉強会を開催します。

ご興味のございます方は、当院までご連絡ください。

 

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