ごめんあそばせ

先生と二人で訪問診療をしていた時のことです。大通りに出てタクシーを拾おうとしていたら、犬を連れた中年の女性が通りかかりました。その犬が、何とも言えない気のよさそうな顔つきをしてこちらを見ているので、思わず小さく手を振ると、「あなた、小池百合子さんにそっくりね」と、犬の飼い主から突然声を掛けられました。さらに、「よく言われるでしょう?」と聞かれ、「いえ、そんなこと言われたのは初めてです」と答えると、「あら、そっくりよ。私、小池さんのファンなの」と、私の困惑などお構いなしに話を続けます。似ているとは言っても、マスクを掛けているため、殆ど目と髪型限定ですし、往来で人目もあり、ちょっと恥ずかしくなったので、「ずいぶんご機嫌なワンちゃんですね」とワンちゃんに話を振ると、「そうなの。いつもこんな感じ。私はいつも不機嫌だけど」と不思議な言葉を残して去って行きました。

そこへちょうどタクシーがやって来たので、乗り込んでほっとしたのもつかの間、タクシーの運転手さんが、唐突に「私、二年前まで防衛省に勤務しておりました」と言いました。(ん?どういうことかしら?何を言おうとしているのかしら?防衛省=運転技術が確かだという自慢?)などと、私の頭の中は?で一杯になり、どう話を継いでいって良いか分からぬまま、運転手さんのガタイが良かったので、取り敢えず「自衛隊ですか?」と尋ねると、妙に緊張した様子で、「はい。そうです」と答えました。その時、突然、私の頭の中に、防衛大臣だった頃自衛隊員を前にして話をしていた小池さんの姿が浮かびました。そういえば、謎の女性と別れたあと、ちょっと調子にのって、「今度誰かに『小池百合子です』と言ってみようかしら」などと先生に言いながらタクシーに乗り込んだことを思い出しました。あの「小池百合子です」というフレーズを耳にした運転手さんが勘違いしているに違いないと思いつき、「あの、私、小池百合子さんではありません」と言うと、案の定、「あ、そうですか。そっくりでいらしたもので」という答えが返ってきました。その途端、妙に張りつめていた車内の空気が緩んで、運転手さんの肩の力が抜けたように見えました。

それにしても、言葉で人に誤った先入観を与えてしまっただけでなく、誤解を解かなければ、何にもあずかり知らぬ小池さんにまでご迷惑をお掛けしてしまうところでした。

家族にその話をしたら、「そもそも小池さん本人が『小池百合子です』と言ってタクシーに乗って来るなんてありえないよね」と言われました。それもそうですが、他人が「小池百合子です」と言って乗って来ることは、もっとあり得ない気がします。家族にはこうも言われました。「大体良い年の大人は、そんな馬鹿なことはしないよね」

おっしゃる通りでございます。とにもかくにも、すべては私の不徳の致すところです。

みなさま、ごめんあそばせ。

 

杉並区荻窪を中心に優しく丁寧な訪問診療を提供

近喰診療所
(〒167-0052 東京都杉並区南荻窪4-35-20-301)

社会福祉士
相談員 近喰真由子

【お問い合わせは以下より】

TEL: 03-3333-4771 FAX: 03-5336-7855

Email: konjikishinryojo@ybb.ne.jp

URL: http://konjiki-cl.com/

患者様・ご家族様はコチラより

お問い合わせ

 

医療・介護・その他事業者様はコチラより

事業者様向けお問い合わせ

二人っきりの訪問診療

4月13日(月曜日)、出勤してきたスタッフを前に、院長が言いました。「明日はどうやら東京に緊急事態宣言が発令されるようです。そこで、少なくとも緊急事態宣言中は、皆さんに自宅待機をしていただき、夫婦二人でタクシーを使って訪問診療を続けようと思います。今日はせっかく来ていただきましたが、このまま帰宅して、こちらから連絡するまで自宅で待機していてください。」

スタッフに自宅待機してもらうという話は聞いていましたが、まさかその日から始めるとは思っていなかった私は、内心「えーっ!」と思いながらも、「お二人で大丈夫ですか?」と心配してくれるスタッフに、何とか笑顔を見せて見送りました。

そこから二人っきりの訪問診療が始まりました。診療に必要な筆記用具やカルテ、検査キットなど最低限のものを背中のリュックに詰め、片手には先生の往診バッグを持って、タクシーを捉まえる日々の始まりです。お昼には、お弁当を買って診療所に戻り、昼食後に再びタクシーで患者さんの家に向かいました。中野方面の診療の日は、お昼に診療所に戻ることができないため、小さなお団子屋さんでお稲荷さんを買って、近くの神社のベンチでいただきました。神社を見下ろせる位置に建っているマンションで自粛生活をしていた方が、そんな私たちの姿を見たら、神社でピクニックをしている暢気な年配の夫婦がいると思ったかもしれません。

患者さん宅は、たいてい住宅街にあるため、タクシーを拾うのは容易ではありません。しかも、緊急事態宣言中で走っているタクシーの台数が半分以下になっていたために、東京無線に電話して迎えに来てもらうこともしばしばでした。そんなに苦労してまで1回1回タクシーを乗り捨てたのは、一人の人との濃厚接触を避けるためです。また、手は絶えず消毒したり洗ったりしているために、すっかり油分が抜けてカサカサになってしまいました。

5月の連休明けを目標に頑張りましたが、連休が明けても緊急事態宣言が解除されなかったので、あとどれくらい頑張れるかと自分の体力に不安を感じたこともありました。しかし、生来が楽天的なために、「今日は何のお弁当にしようかな。」「今日はどんな運転手さんに会えるかな」などと結構毎日楽しみを見つけながら、5月25日の解除の日まで何とか元気に続けることができました。

 

東京無線さんには大変お世話になりました。また、医療機関の人間だと分かっていても嫌な顔をせず乗せてくださったドライバーの皆さま、本当にありがとうございました。

この間、訪問時間がずれたり、電話での対応になってしまったりと、何人かの患者さんにはご迷惑をお掛けしてしまいました。申し訳ありませんでした。

 

困ったことに、6月に入っても、タクシーを見かけると空車かどうか確認せずにはいられない、変な癖がついてしまいました。しかも、「空車」という赤い文字を見ると、一瞬胸がときめいてしまいます。うちの先生は、「緊急事態宣言の後遺症だね」などと言って、暢気に笑っていますが、後遺症というよりはトラウマではないかしらと思うこの頃です。